2010年11月23日火曜日

行政評価制度の『ムダ』の考察

業務を数量化し、効率化を目指すのを行政評価制度というらしい。私自身、この制度の渦中にいてはや数年たつが、やってみたところ、『なんてばからしい制度なんだろう』という感想を持っている。
行政は、もともと効率化の命題を負わされている。地方公務員法第1条に掲げる、『地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営』を目指すこととか、地方自治法第1条の『地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図る』ということは当たり前のことである。自分の仕事を企画部門のために数量化するなんて、非効率この上ないことである。

また、行政の仕事は、案外維持管理の仕事が多い。例えば、人の管理、生徒の管理、学校の管理、パソコンの管理、道路の管理、公園の管理、建物の管理、といったものである。これをどのように数量化するのであろうか。パソコンの故障が100件増えて修理したら、行政を効率化した、といえるのであろうか。これも出てきた数値は行政の不経済をもたらしている部分であり、やるのであれば故障一件あたりの解決までの時間を数量化する、ということであれば納得するが、故障件数で比較されるのであればこの制度自体が欺瞞といわざるを得ない。

行政上の手続きにおいても、法律上の許可といった必須となる業務において、許可件数が増えたから行政効率が向上したといえるのか。やるのであれば、やはり一件あたりの積み上げにした方がよい。全体の件数を数量化、ということになると、それは効率化の話ではない。法律の適用の問題や市民の意識の向上、ということになる。昔、まわりにまともな職員がごく少数しかおらず、一人で三人分の業務を任されたことがある。その中で道路占用許可があり、その業務の流れとして、窓口設計協議→申請書受け取り→技術課書類協議→起案→技術課稟議→原課稟議→決裁→許可という順番だったが、技術課書類協議は業者が窓口にきた時点で済ませており、申請書を受け取った時点で普通は修正済みの設計となっていた。そこで、技術課書類協議省略を上司に相談したことがある。難癖はついたのだが、こちらも『これを省略できなければおれはこの業務量を到底こなせない』と主張し、無理矢理実施したことがある。
これによって、何か問題は起きたか、というと一切起きてはいない。もし、問題が窓口協議の時点で隠れていたとしても、これは技術課にもう一回書類が回るので機構上は2回チェックがかかることになっている。従前のように3回やる必要はないだろう。全くの無駄であり、省略が成功した例である。こんな分析を行政評価のシステムでできるのか。全体の業務数量化では無理だな。
逆をいうと、こういう細かいレベルでしか、もう行政の効率化の余地は残されていないように思える。無駄な制度を考えつくこと自体が不経済だ。
概して、行政評価とはばからしい制度である。これはどこかの大学の先生が研究しているものらしいが、もうちょっと実務を研究した方がいいのではないか。学生時代行政管理が専攻だった俺はそう思うが。

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