2012年2月12日日曜日

Sister Act を英語で鑑賞してみた

Sister Act 2 は印象に深く残っているのだが、その前作はあまり印象に残っていなかった。たまたまYou Tubeで小分けであるが見られたので、夜遅くまでかかって見てみた。
英語は全くわからないけれども、なんとなくわかる。クラブの歌手が殺人事件を見てしまって命をつけねらわれて修道院にかくまわれ、たまたまへたくそ聖歌隊の指揮をとったのをきっかけにゴスペルに変身させてしまい、みんなと理解を深めていくというストーリー。

主演しているWhoopi Goldberg のパフォーマンスの高さももちろんであるが、恥ずかしがり屋で声も大して出せないようなWendy Makkenaが、この聖歌隊でシャウトするまでに成長した姿は見物である。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=PYoCGwqSbHg
この人の容姿はなんとなく日本人好みな感じがする。今じゃ、艶っぽいおばさんのような気がするが。
驚くことに、この映画に出演しシャウトを見せつける女性たちはほとんどが本職女優と言うことである。アメリカ芸能界の層の厚さを見せつけられるわな。Whoopi Goldberg もWendy Makkena も日本ならいっぱしのシンガーのレベルである。Wendy Makkena のリードや"合いの手"なんかは抑えつけられていたか弱い声が解放された瞬間、というくらいほんとほれぼれするレベル。
この頃は日本の女優さんもほれぼれするくらいのシンガーいないわけじゃないけどね。
* Wendy Makkenaの歌声はAndrea Robinsonによる吹き替えという情報がある。音声を分析したところ、『Hail Holy Queen』では、透明感のあるきれいな声で高温部まで歌っているのに対し、『I Will Follow Him』やAct2の『The Teacher Song』はパンチ力のある比較的だみ声のシャウトである。Hail Holy Queen』では映画中に当てレコのような形跡(リードが継続しているのに本人はこれで良かったのかと戸惑うシーン)が残されているので、Andrea RobinsonによるものはHail Holy Queen』だけなのかもしれないが、映画ではアフレコ当てレコは珍しくないので、その他の曲についても、本人の声もしくはAndrea Robinsonによるものと双方可能性が高く断定はできない。米国版Wikiでは、Andrea Robinsonについて、もっとも有名な仕事はSister Act Sister Act2 のメアリーロバート役(Singing)と書かれているので、かなり濃厚な線だろう。本人や監督はどう言っているのだろうか…。
日本語版Wikiでも、本人の歌唱は『Ain't No Mountain High Enough』のみ、とされているが、その歌唱はHail Holy Queen』の声に似ているような…。決して歌は下手ではない。

このシリーズの最高傑作はこれかなあ。どれもいいけど。
http://www.youtube.com/watch?v=0DmZr-YZXqc&feature=related

この映画では黒人Whoopi Goldberg が白人聖歌隊の指揮をとり、今では黒人ハーフの大統領が国の指揮をとっている。昔からこういう国だったなら、日本国も戦争に引きずり出されなくて済んだだろう。なぜか最後は政治的に終わる(笑)。

2012年2月11日土曜日

おんぶ紐着用のすすめ。

今日は幼稚園の学芸会であった。それ自体は、何事もなく終了したのであるが、その後起こった事故について書こうと思う。
もう用はなくなったので、嫁とともに体育館の出口で靴を履き替えていたその瞬間。後方で『ごん!』という鈍い音が。後ろを振り返ってみると、なんと、とある母親のかたが仰向けに倒れており、その後方には1歳くらいの幼児が仰向けに倒れていて、激しく泣き始めた瞬間であった。
体育館であるので、体育館の出口と玄関とは20センチくらいの段差が生じている。どうやらそのお母さんは、その段差を踏み外したか、段差により勢いをつけてしまい思い切り足を踏み外したかのどちらかと思われた。さらに、抱えていた子供をその勢いで手放してしまい。頭を打ったのではないか…。
入り口付近にいた先生が『大丈夫?!』『お子さん、(段差を指さし)ここで頭、打っていたかもしれない…』と語りかけていたものの、その母親の方は後ろを見て呆然としていた。
子供は泣いている状態である。頭を打ったときに瞬間的に泣き始めた場合は、おそらく大丈夫とも言われるが、脳出血により急変する場合は翌日以降に発生する場合も多いので、要注意であろう。ただ、現場の状況からして、母親が頭を打ってしまい脳しんとうの状況だったのかもしれない。

少なくとも、子供を抱えての移動は、軽易にするものではなくおんぶ紐などで固定して移動すべき話である。近頃のお母さん方は車で移動し、また、腕力も向上したので普通にだっこしてひょいっと移動するパターンが多くなっているが、少しの距離でも、特に今回のような幼稚園や学校のような段差があったり、人混みに紛れてしまうような場合は危険なので、おんぶ紐を着用した方がよい。私自身は非常におんぶ紐を多く着用してきたし、三番目の子などは私のおんぶ紐でないと、寝なかったし(笑)。
乳幼児をもつお母さん方に呼びかけたい。屋外では、危険がいっぱいなのでおんぶ紐で大事なお子さんを固定してもらいたい。移動は慎重にしてもらいたい。
子を持つ親として、非常に心を痛める事故であった。

2012年2月8日水曜日

消費税増税後の日本の予測

そういえば、かの森永卓郎氏が『労働者の年金の企業負担分1/3を免除する代わりに消費税増税5%で補填』と言っていた。森永卓郎氏は反増税の急先鋒と言ってよい。そんなことは社会正義として許されないってなくらいに断罪していた。
税調決定を岡田さんが言うくらいだから、すでに政界と財界の取引が成立しているんだろう。財界にとっては、今の政界は大変に扱いやすいんだろうな。岡田さんはあのジャスコ岡田である。その権力と威光はジャスコを背景に輝いている。労働者の年金を企業側が支払わないとすれば、その分、企業の自己留保が増えるというからくりである。ますます、企業家国家日本となってしまう。

私はこのブログの冒頭に、『消費税と失業率』は関連するとした。そこにも書いてあることだが、自殺率も微妙に関連付いている。消費税3%導入直後の日本は未曾有の好況下にあった。労働者はそれなりに貯蓄をし、利益率の高い製品が海外でも売れていた。なので、消費税は導入しやすい状況下にあった。また、経済が拡大傾向にあったので、消費税の持つ経済の縮退効果ももちろん薄れ、しかも、法人税と所得税の減税がなされたのでそれにより浮いたお金が投資に向かい、平成5年頃までは拡大経済の一途をたどる。唯一、消費税による経済運営がうまくいった時期であっただろう。しかし、だんだんと労働者の『余裕』を消費税が蝕んでいくことになる。
1997年4月に消費税率が5%になったのを機に、労働者の統計は一変することになる。まず、それまで失業率が3%未満であったのに、上昇を続けることになる。これは、日本型の経済モデルの特質であり、消費税上乗せ部分が大衆の購買意欲の減退部と一致するために起こる現象である。要するに、消費税をかける前の価格で100%売れると見込んで生産および販売をかけるが、消費者は、消費税付加後の金額を見て購入の可否を決定するために、5%の消費者は購入せずに逃げていってしまう現象が発生する。きっちりと生産、販売を行う日本ならではの問題である。その対応として、資本、投資、雇用、経費、生産といったものを企業側は5%減ずるのである。そういった構造であるので、日本人のようにきっちりと計算できる特質を有する国民においては消費税=失業率といっても間違いではない(ヨーロッパや合衆国ではきっちり計算しないので、消費税が性に合っているともいえる)。
また、税率の上昇は、『余裕』のない無職者、労働者、自営業者といった所得弱者の生活をも奪うことになった。すなわち、『自殺率』の上昇である。1997年4月の税率上昇の1年後、加速度的に自殺率は上昇に転じ、高いレベルで落ち着くことになる。
* 某資料サイトでは、経済と自殺率の因果関係はない、と解説されているが、『貯蓄』や『生活力』、『失業手当』がクッションとして存在するのですぐに増えないだけのことである。

これまで、消費税と失業率は関連する、といった学者はいたが、メカニズムを説き明かす学者はいなかったので拙論を書かせていただいた。別にこんなものは原論的な計算は全くいらない。ただの推論である。しかし、自殺率と消費税の関連を言う学者はそうそういないので、これを計算で証明すれば、博士号がとれるかもしれないよな(不謹慎ではあるが)。まあ、貯蓄があるので、すぐには統計的には証明されない。少なくとも証明されるのは、一年後である。

結局、消費税が導入されれば、生産力は購買意欲の減退により10%の削減を強いられる。それとともに、失業率は10%を目指して上昇を始めることになり、自殺率も年間2万人レベルを目指して上昇を始める。
言っておくが、震災の犠牲者、行方不明者と同様の数値が消費税によってもたらされることになる。これは明らかに人災と呼べるだろう。ここまで書くと、財務省、財界、政界は悪魔に思えてきて、普段極悪人と判別がつかない小沢氏は観音様に思えてしまう(笑)のである。別に小沢さん応援しているわけじゃないけどな。

しかし、企業家は太るだけではない。未だ気づいていないだろうが、消費税の効果は会社自体も縮小経済の波に引きずり込む。仕入れも販売も10%の価格が付加され、生産設備も縮小、本来のレベルよりも10%も労働者を切るのだから、それ自体不経済そのものである。景気回復は望めず、縮小再生産の一途をたどることになる。この事実を指摘する経済学者、財政学者もいない。言ってみれば、自業自得と言うところだが、それより我が日本国はどうなってしまうのだろうか…。

2012年2月5日日曜日

小沢氏が消費税増税で造反する…とのこと

相変わらず、迷走だらけの民主党政権である。国家公務員の給料削減は三党間での合意が得られたが、公務員側団体が求めており、今回の給与削減の条件として妥結していた『労働三権の修正(具体的には協約締結権)』は未だ可決の目途はたっていない…そうである。もしかして、もうOKになっているかもしれないが。
公務員からすれば、選挙の時は小沢民主党に入れろ、と言われ、震災により火事場泥棒的に『給与削減』されるのは政治的な裏切り行為に他ならない。さらに、震災による給与保障を民間まで含めて政治はしなければならないのに、どうなってしまうんだろう。民間平均給与が年間400万というのに、公務員はそうではない。もっと下げろ、というが一方的に公務員の給料を下げるのは筋道が異なる気がする。そういった議論が成り立つのであれば、証券、銀行、医師といった業種の給料をまず下げるべきだろう。また、派遣、臨時雇用の給料保障を手厚くする必要がある。公務員の給料を下げるのではなく、まず、年間400万円の分析を行う必要があると言うことになる。さらに言えば、バブル破綻以降の20年間の経済政策が企業家の言うとおりにしてきた、と言うことにならないか。労働者の分配を収奪、搾取していることに他ならないか。所得の再分配が機能していないと言うことにもなるが、これに失敗しているのは、国の経済政策が誤っている、と言うことに尽きるだろう。私はマルクス信奉者ではないが、日本のように混合経済(修正資本主義)を行う国はマルクス経済による分析を行い、見合う政策を実施しないと、バランスをたちまちのうちに失ってしまうのである。

現在、消費税増税が議論されているが、本来社会保障施策と含めて本件増税は議論されるべきだったと小沢氏は言っている。さらに、故西岡参院議長は遺稿になった産経寄稿の中で、現在の政治的課題は震災、ではない、震災復興は重要であるが、本当に論じなければならないのは社会保障政策である、という意味のことを書いていたような。

ここにきて、信を持つ小沢氏が立った。消費税増税について、『筋道が違い、経済政策でも間違っている』と言い、造反について言及した。党内には反増税派が100人ほどくすぶっていることになる。まさに、小沢新党的な様相を呈してきた。民主党の『主宰』者鳩山氏も同調するであろう。そうなると、まさに党を二分することになるし、当然衆議院での可決もできない。野田総理にとっては八方塞がりとなる。

なぜ、増税してはいけないのか。常々私はこれを言うのだが、バブル破綻以降、経済政策的には間違った経済政策を行い、そのまま放置しているのである。現在の状況が、企業の自己留保が多い、という意見が多いし、確かに震災という状況下でも自動車各社は健闘した、と本日伝えられているが、なぜこれに目をつけないのか。民間給与が低いのは単純に言えば、強くなった労働者を叩き企業家の『国際競争力』を支援するためであった。しかし、国内の労働者がその結果分断、疲弊し、企業のみが潤うのであれば、一時的にでも『法人税増税・累進性の増加』に舵を切らなければいけないのである。
現在の状況は、もはや企業家、財務省、総理大臣の詐欺的な騙し合いでしかない。総理に求められるのは、純朴さでは決してなく、人を見る能力、全体をみる能力である。このまま、国民が収奪され疲弊するか、国内経済を浮揚させるか、良い分岐点に私の目には見えるのである。

ここに書かれた内容は決して難しい内容ではなく、私が高校生の時代に『政治経済』の教科書に書かれていた内容である。松下政経塾の出身である、総理や前原さん、またその他財務省出身者で海外留学経験のある民主党議員の見識を私は非常に疑っている。一体何を勉強してきたのか。むしろ、高校生を経済運営に参加させた方が良い結果となるだろう。そういう意味で、今回の小沢さんの言は経済のわかる人、という印象を強くさせたのであった。